誤情報について

「ワクチンを打つと不妊になるおそれがある」、「ワクチンには効果がない」等の情報を「デマ」と呼ぶ声が多く聞かれます。何を「デマ」とするかについては、一定の基準を設けるべきで、基準が曖昧である場合、デマの定義も曖昧になります。科学的根拠のない情報をデマと称するのであれば、例えば、「ワクチンには効果がない」という情報は、世界各地で新型コロナワクチン接種後、新型コロナ感染症による重症者数や死者数が変化しており、接種と変化の関連を裏付けるデータがある点から、デマに該当すると考えられます。

一方、「ワクチンを打つと不妊になるおそれがある」という情報は、次の観点からデマでない可能性があります。

独立行政法人医薬品医療機器総合機構が開示するファイザー社ワクチンに関する文書 には、ワクチン接種後、被検体の卵巣に脂質ナノ粒子が比較的高濃度で蓄積するとのデータが記載されています。卵巣に脂質ナノ粒子が蓄積する場合、脂質ナノ粒子に包まれたmRNAも卵巣に蓄積する可能性があります。脂質ナノ粒子やmRNAが卵巣に蓄積する場合、ワクチンを打っても生殖に何ら影響がないと断定することは、これらの物質の卵巣への影響を完全に否定できる科学的根拠が存在しない場合、科学的に妥当ではありません。

ワクチンが不妊を招くとの情報は、報道機関等が取り上げるデマの代表例ですが、科学的な根拠がないものではありません。一方、ファイザー社のワクチンに関する上記文書ただ1つを持ち出して、ワクチンは不妊を招くと確信、主張、情報拡散することも、科学的に妥当とはいえません。

このように、何をもって情報をデマとするかは、複雑な問題です。

次に記すのは、本ウェブサイトの管理者が、ある情報を誤情報であると判断した例です。極端な例ですが、科学的な情報が日々変化する(つまり情報の正確性が不安定である)現況下、以下のように明らかな問題を含む情報以外について、それが誤情報であると判断するのは(少なくとも私にとって)難しいと考えます。

ある人(英国の医療関係者兼講師)は、2021年7月、次のようなメッセージを発信しました(以下、メッセージの要約です)。

「ワクチン接種後のイスラエルと英国の感染状況を見ると、多くの国民において2回のワクチン接種が完了しているにも関わらず、イスラエルでは英国よりもワクチンの防護効果が薄れている面があります。イスラエルと英国を比較すると、人種に差はなく、接種しているワクチンも同様ですが、1回目の接種と2回目の接種との間隔に差があります。イスラエルでは間隔が3週間であるのに対して、英国では間隔が8~12週間です。このことから、接種間の間隔が長いほど、ワクチンの防護効果が長持ちすると考えられます。」

私は、以下の2点を含む複数の点に基づき、このメッセージが、少なくとも現時点では正確と言えない、また危険である、と判断しました。

・データ量の不足:2つ(イスラエルと英国)のデータのみから、「接種間の間隔が長いほど、ワクチンの防護効果が長持ちする」と判断することは、妥当性を欠くと思われます。上記メッセージによれば、接種間の間隔が例えば20週や30週となった場合、間隔が8~12週間である場合よりもワクチンの防護効果が更に長持ちすると考えられます。しかし、メッセージの発信者は、イスラエルと英国のデータ以外に、そのような見解をサポートするデータを提供していません(仮に今後見解通りになったとしても、それは偶然です)。また、上記メッセージは、一部のワクチン開発者が推奨する3~4週間や、一部の研究者が提唱する8週間(https://www.bbc.com/japanese/57938353)という間隔を超え、間隔を無限大に長くすることを示唆しており、それが科学的に正確であると考える根拠は、ワクチン接種が始まって間もない現時点で存在し得ない、あるいは存在しても極めて不安定である、と思われます。

・メッセージの余波:メッセージの発信者は一定の影響力を有するようです。その場合、メッセージを受け取った人が、不安定な根拠を基にワクチンの接種間隔を任意に引き延ばす可能性があります。2回接種型のワクチンについては、1回の接種では有効性が不十分である、1回だけの接種の場合、かえってウイルスの変異を助長しかねない(阪大宮坂昌之氏等の説)、といったデータや見解が存在するなか、不十分な根拠に基づき、接種の間隔を延ばす(ワクチンの効果が不十分ないしは不安定な状態を延長する)ことを示唆するのは、危険です。

上記メッセージの発信者が紹介したイスラエルと英国の情報から読み取れるのは、「比較的長い接種間隔と、比較的長い防護効果との間には、何らかの関連があるかも知れない」或いは「3週間よりも長い、(絶対値としての)8~12週間という接種間隔と、症候性感染XX%よりも高い、(絶対値としての)症候性感染YY%との間には、何らかの関連があるかも知れない」という程度のものであると思われます。

本ウェブサイトでは、必要に応じて専門家の指導を受け、情報の正確性の確保に努めます。

インドネシアにおけるCOVID-19の死者数に関する共同通信社の報道に対する応答
(2021年8月27日掲載、同日更新)

2021年8月21日付の「世界で子どもの感染拡大 日本も増加、学校対策急務」と題された報道は、「世界最悪の水準で感染が拡大したインドネシアでは7月、毎週100人以上の子どもが亡くなった。現地の小児科学会の会長はツイッターで「10~18歳は全人口の10%なのに、コロナの死者の30%を占めた」と指摘し「ワクチン接種を急ぐべきだ」と訴えた」との文言を含みます。

URL:https://news.line.me/issue/oa-kyodo/u8nvdq0b0soj?utm_source=Twitter&utm_medium=share&utm_campaign=none&share_id=Ldt29691741079(検索日:2021年8月25日)

8月25日現在、この報道は既に、毎日新聞、東京新聞、南日本新聞、東北デーリー、北國新聞など多数の機関により報じられており、ソーシャルメディアでも拡散され、既に社会全体に少なからぬ影響を及ぼしたものと認められます。特に、現在日本では12歳以上の若い世代のワクチン接種が進められているため、上記報道の影響は看過できないものと認められます。

報道のうち「現地の小児科学会の会長はツイッターで「10~18歳は全人口の10%なのに、コロナの死者の30%を占めた」と指摘し「ワクチン接種を急ぐべきだ」と訴えた」の部分の情報源である、インドネシア小児科学会会長のツイッター投稿記事は、次の文章であると思われます。

“anak 10-18 thn kita>26 juta ~10% penduduk Indonesia. Kematian Krn Covid umur ini 30%. segerakan Imunisasi anak2 umur 12-17 thn.”

(URL: https://twitter.com/amanpulungan/status/1421804631101902857)(検索日:2021年8月25日)

この投稿記事を、インドネシア語を母国語とする翻訳者2名及びインドネシア語の知識を有する日本人複数名からの情報に基づき翻訳したところ、以下のような表現が正確であろうとの結論に至りました。

「10~18歳の人たちは、インドネシア人の人口のうち>2600万人であり、総人口の~10%である。この年齢層でのCOVIDによる死亡率は30%である。12〜17歳の子供はすぐにワクチン接種すべきである。」(以下、この訳文を「訳文I(Ieda)」といいます)

報道の「10~18歳は全人口の10%なのに、コロナの死者の30%を占めた」との文言は、10~18歳は新型コロナウイルス感染症による死者全体の30%を占めた、を意味する(あるいは強く示唆する)と認められます。一方、訳文Iによれば、「30%」は、「コロナの死者の30%」ではなく、「10~18歳」の年齢層における新型コロナウイルス感染症による死亡率、を指すものと認められます。

よって、訳文Iに基づけば、報道の内容には、会長の見解からの顕著な乖離が認められます。

このように、報道は、誤報であると認められます。

技術翻訳者である私は、会長の投稿記事から「10~18歳は全人口の10%なのに、コロナの死者の30%を占めた」という報道が生成される過程に、人為的な歪曲が導入された可能性が否定できない、と考えます。あるいは、人為的な歪曲がなされなかったのであれば、投稿記事に対して極めてレベルの低い翻訳がなされ、報道がその翻訳に基づくものである可能性が否定できない、と考えます。「極めてレベルの低い翻訳」とは、具体的に、例えばGoogle Translate等の無料の翻訳ソフトウェアが提供する翻訳に人が一切手を加えない状態の翻訳、言い換えれば、インターネット環境が整ってさえいれば、無料かつ約1秒で得られる翻訳よりもレベルが低い翻訳を指します。なぜなら、例えばGoogle Translateは、私がそれを用いた8月23日の21:40頃の時点で、投稿記事をほぼ正確に翻訳できたからです。(Google Translateが機械学習型のソフトウェアである(その精度が、私が利用した時点以降、変化している可能性がある)点に鑑み、私がそれを利用した時間を記しています。)

なお、“ anak 10-18 thn kita>26 juta ~10% penduduk Indonesia. Kematian Krn Covid umur ini 30%. ” の文言は、毎週インドネシアで100人以上の子供が新型コロナウイルス感染症により亡くなったことに鑑み、次のようにも解釈可能なようです。(以下、意訳)

[10~18歳の人たちは、インドネシア人の人口のうち>2600万人であり、総人口の~10%である。子供の死亡例のうちこの年齢層が占める割合は30%である。 ]

いずれにせよ、共同通信による報道は誤報であると認められます。

(2021年8月31日追記)

誤報が流れてから私は、多くの報道機関に問い合わせをしました。返答したのはごく一部ですが、その間、訂正文が掲載されず元のオンライン記事が削除されるケースや、無断でオンライン記事が部分的に修正されるケースが見られました。日本のジャーナリズムの在り方が問われています。

この記事は、共同通信による事実上の訂正記事と思われます。私の問合せに返答した毎日新聞も、この記事を「当初の記事の訂正にあたるような」記事としています。訂正記事は、インドネシア小児科学会会長が「「10~18歳は全人口の10%なのに、コロナの死者の30%を占めた」とツイートした」と記していますが、そもそもこの認識が正確であるかについて、検討が必要です。私が上述したように、会長のツイッター投稿の内容は、「 「10~18歳の人たちは、インドネシア人の人口のうち>2600万人であり、総人口の~10%である。この年齢層でのCOVIDによる死亡率は30%である。 」、あるいは [10~18歳の人たちは、インドネシア人の人口のうち>2600万人であり、総人口の~10%である。子供の死亡例のうちこの年齢層が占める割合は30%である。 ] です。 「10~18歳は全人口の10%なのに、コロナの死者の30%を占めた」 の文言は、元の投稿から、「 インドネシア人の人口のうち>2600万人」の概念と「この年齢層での」の概念を省略し、二文を一文に繋ぎ、「なのに」とのニュアンスを補足しています。
なお、会長の意見がツイッター投稿という形態であり、文法上の曖昧さがあったとしても、7月にインドネシアで「毎週100人以上の子どもが亡くなった」ことと、7月のインドネシアの合計死者数が約500~2000人/であったこと(報道関係者にとって周知の事実)を考慮すれば、上記「30%」が、死者数全体に占める割合でないことは、容易に推測できたはずです。

誤報が誤報により訂正される事態が発生しています。共同通信社のみならず、日本の大手報道機関や地方紙が数多く関与する、全国規模の問題です。
当初の誤報を流した各報道機関のジャーナリストが集まり、誤報が成立した経緯や、その誤報がファクトチェックされず流された経緯について開かれた話し合いを設け、今後このようなことが起きないよう対策について検討することを、提案します。

現在、若い世代の間や、子どもがいる家庭では、変異株の影響下、ワクチン接種を受けるべきかについての検討や議論がなされているものと推察します。子どものワクチン接種については、日本ワクチン学会理事の中野貴司氏(川崎医科大学)や森内浩幸氏(長崎大学病院)も慎重な姿勢を示しており、国際的にも、安全性に関しより多くのデータの蓄積を待つとの見解があります。
若い世代でも、冷静な科学的判断によりワクチンのベネフィットがリスクを上回る個人の場合は、ワクチンは接種されるべきです。一方、上記のような誤報により人々に恐怖が植えつけられ冷静な判断ができなくなり、それにより、科学的に健康であり今はまだワクチンの接種が必要ない若い人に誤ってワクチン接種がなされるようなことがあってはなりません。そのような接種により子どもが後遺症を負ったり命を落としたりした場合、その責任は報道機関にあります。
上記の誤報の影響が相殺されるような対策が講じられるよう、各報道機関、特に共同通信社に強く求めます。

本ウェブサイトは科学的な考察を促すために開設されましたが、本件については、誤報が植えつけた負の感情と等価の私の怒りの感情を露わにすることが科学的に(情報の等価性の観点から)妥当と思われるため、そのように致します。

各報道機関による早急な対応を求めます

(2021年9月2日追記)

北海道新聞は、当初の誤報記事を新聞社のウェブサイトに掲載していましたが、ある時点で削除しました。その経緯について私が尋ねると、新聞社として誤報であることを認識し、後日紙面上(紙媒体の記事)で、訂正文を掲載したとのことです。ウェブサイトで記事を掲載したのであれば、ウェブサイトに訂正文を掲載すべきと思われます。私のように、北海道から遠方に住む者にとって、紙面上での訂正文に触れることは困難です。一般に、オンラインの記事に触れる人(層)および人数と、紙媒体の記事に触れる人(層)および人数は、異なることが想定されます。

東京新聞からは、以下の情報を得ました。東京新聞社のウェブサイト上に掲載された誤報記事は、東京新聞社が自身のウェブサイトに掲載したのではなく、共同通信社が東京新聞社のウェブサイトに掲載したものだそうです。また、誤報記事は、掲載後短時間で東京新聞社のウェブサイトから削除されたようですが、この削除を行ったのも共同通信社だといいます。東京新聞社から共同通信社に、事の経緯について問い合わせているものの、9月1日17時現在、返答がないようです。

報道機関の報道が、不適切な形で、いとも簡単に削除ないしは修正される場合、例えば本ウェブサイトのようなサイトに掲載されたオンラインの情報に比べ、報道の信頼性はどのように確保されるのでしょうか。また、記事を売買する報道機関(たとえば共同通信社と東京新聞社と)の間で適切な関係が維持できない場合、制度上、構造上の重大な問題が存在するのではないでしょうか。
いま、このような問題の影響を受けているのが若い世代である点を、憂慮いたします。

(2021年9月2日追記)

9月2日の午後、東京新聞社から連絡がありました。それによれば、8月27日の夕刊(有料記事)に訂正文が掲載されたようです。一方、無料のオンライン記事に対する無料のオンライン訂正文は掲載されていません。有料の訂正文には、インドネシア小児科学会会長がツイートの内容について「曖昧な表現だったことも含め、データなど詳細な説明を避けている」と記されており、会長の発言にも問題があったとの認識のようです。
また、東京新聞社のN氏は、当初の誤報と同じような規模で訂正文を掲載しなければならないというルールはない、との認識を示しました。そのようなルールがない場合、報道が社会に与えた影響を相殺することはできないとの懸念が残ります。